大先生御講話集

2018年(平成30年)4月8日 ベストグループ関東地区見聞会①

皆様、おはようございます。皆さんは、『死ぬ』ということを考えたことはありますか。あまり考えたことがないと思います。人間は生まれたら死ぬのです。死ぬために生まれているのです。そうしたら、一度しかない人生だから、素晴らしいほうが良いと思います。

でも人間は、生まれたら苦しむように創られたのです。なぜ、そのことに気づかないのでしょうか。生まれてから死ぬまで何も苦しみも悩みもなかったら、人間は成長するでしょうか。成長しないと思います。

私は二歳半の時、生みの母が私を置いて家を出ていきました。新しい母が嫁いできましたが、育ての母は私に徹底的に命の存在を教えてくれたのです。「晃弘、覚えておきなさい。三百万人の方々が戦争で亡くなっておられる。命が一番大事やで。命があるから生きているんやで」と教えてくれたのです。昔から日本人は命を尊んでいたのです。

天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)の時代には、名前の下には『ミコト(命)』と付いていました。天照大御神の親のイザナギノミコトも、弟のスサノオノミコト、妹のツキヨミノミコトも、名前の最後にミコト(命)が付いています。つまり、日本は命を尊ぶ国だったのです。育ての母は命の素晴らしさを教えてくれたのです。それと同時に、人格の大切さを教えてくれました。

お釈迦は「人間の中に自灯明、法灯明がある」と言われました。「この肉体の中に自らの光を灯している(自灯明)。正しい生き方をしたら仏という存在を知ることができる(法灯明)」と教えられました。つまりお釈迦は、命のことを内在する仏と言ったのです。

私たちの少年少女時代は、道徳を教えられなくても、命の存在を信じていましたので、生き方(道徳)が分かったのです。ですから、私は四、五歳の頃から、父に「お父ちゃん、その考えは間違っていると思うで」と意見を言いました。仏や命の存在を認めた方は善悪正邪の判断があるのです。

何でも基本があるということなのです。その基本とは、私は小さい時に命の存在を信じたのです。ですから、命を認めた方は生き方を尊ぶのと同時に、善悪正邪の判断力が備わるのです。命の存在を知らない方は善悪正邪の判断ができないので、平気で人を殺める方もいるではないですか。

最近は、自分の子供を殺す方、自分の親を殺す方が増えているではないですか。本当にびっくりします。命の存在を教えられた我々は、親殺しほど重い罪はないと教えられたのです。まして、人を殺すことは大変なことだと教わりました。日本は、帯刀の時代でも人殺しが一番の罪だったのです。帯刀の時代でも人を殺さなかったのです。この意味が分かりますか。

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