大先生御講話集

2018年(平成30年)9月23日 ベストグループ北関東見聞会

皆様、おはようございます。誰にでも死が訪れます。人間は生まれたら、皆、死にます。それなのに、どうして死が怖いのですか。それはすべきことをしていないからです。やるべきことをやり遂げた者は、死は怖くないのです。人間は何のために生まれたのかを知っていないから、死が怖いのです。

お金持ちになることが人間の生まれた目的だと言う方がおられます。私は事業家時代にお金持ちにならせて頂きました。今もお金をたくさん持っています。しかし、お金があるから幸せではないのです。なぜなら、お金があっても使い道がないからです。お金持ちになることが人生の目的ではないことを、皆、知っていないのです。

どんなにたくさんお金を持っていたとしても、死んだらお金を持っていくことができますか。死んだら何も持っていくことはできません。家族も持っていくことはできません。社会的地位も持っていくことはできません。

死んだらこの世の物は持っていくことができません。体でさえも持っていくことはできません。多くの方は、人は何のために創られたのかという意味を知っていないのです。病気で死ぬ方もいれば、事故で死ぬ方もいれば、突然、何らかの原因で死ぬこともあるでしょう。何のために人間が創られたのかを知らないから、死ぬのが怖いのです。

人類は三百万年前に創られたと言われています。人間は、偉大なる存在が創られた最後の生物だと言われています。偉大なる存在はあらゆる動植物を創られた後に、最後に人間を創られたと書物に書かれています。

私もインドへ二十五年間行き続けて、日数にして二千日以上滞在して、学んできました。私は自分の利のためにインドへ行ったのはありません。「人類の役に立ちたい、社会の役に立ちたい」と思ったのです。しかしそれには、自分が少しは素晴らしい人間にならなければ、お役に立たないではありませんか。

私が二歳半の時に生みの母が私を置いて、どこかへ行ってしまいました。中学を卒業するまでに四十回以上も家を替わったような気がします。父は夜逃げのプロでした。その中でたくさんの学びがありました。

何の苦労もしていない方には学びがないでしょう。「苦労は買ってでもしなさい」と、人生の先輩方はよく仰いました。私の場合、苦労を買わなくてもさせて頂きました。物質の豊かさが苦労ではないのです。物質には恵まれなくても、人生でたくさん学べます。

父は国鉄マンでしたので生活が安定していました。しかし私が二歳半の時、母が私を置いて出ていってから、父は私を育てるために国鉄を辞めました。それからは、とても貧乏な家庭で大きくなりました。

父は国鉄マンだった時、私を肩車して、一時間くらいかけて通勤しました。昼休みになると、父が作った弁当を二人で分けて食べました。父が働いている間は一人で父の職場で遊びました。おそらくその姿を見て、父は仕事よりも私を育てる方を選んだのでしょう。

ある時、他の女性が父に、「男手一つで晃ちゃんを育てるのは大変でしょう。子供が欲しいところがいっぱいあるのだから、よそにやったらどうか?」と話しているのを聞きました。しかし父は、その時に「この子はどんなことがあっても、わしの手で立派な子に育てる」と言ったのです。その父の言葉を未だに覚えているのです。その言葉を聞いて「お父ちゃんが喜ぶ人間になろう」と思ったのです。

父親、母親の言葉で子供は育つのです。「三つ子の魂百まで」と言って、親の教え方で子供の人生が決まるのです。では、今の親は子供に何を教えているのでしょうか。「お金が大事だよ」と子供に教える親が多いのです。では、そんなにお金が大事ならば、お金持ちになったら良いではないですか。

お金があっても、子供はどのように育つか分かりません。子供に教えるべき、もっと大事なことがあるはずだと思います。私も二歳半で生みの母に置いていかれたということは、正直に言って心が傷つきました。しかし、父の私を思う心は並ではありませんでした。父は国鉄マンを辞めてまで、真剣に私を育ててくれました。だから、「大きくなったら父が喜ぶ人間になろう」と思ったのです。

子供を育てるということは大変なことです。しかし、今の子供はそれを知りません。一人の子供を育てるのに、父親と母親は真剣に育てているのです。しかし、「自分は一人で大きくなったのだ」と、皆、思うのです。しかし、親がいなければあなた方は存在しなかったのです。

私は三十歳から、父と育ての母にずっと仕送りをし続けました。働いたら親に仕送りをするのは当たり前でしょう。生んで育ててくれた親に対する、感謝の気持ちの表れです。そうすると、「子供が仕送りをしてくれた」と言って、親は喜ぶのです。

私が言いたいことは、親に感謝をすることが子供の役目だということです。それが道徳ではないですか。今の子供は親に感謝する度合いが少ないと思います。もしも、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんがいたとしたら、おじいちゃん、おばあちゃんが一番大事ではないですか。

おじいちゃん、おばあちゃんがいるから、お父さん、お母さんがいるのではないですか。インドでは、子供たちは、家に帰ったらまず、おじいちゃん、おばあちゃんのおみ足に額をくっつけます。次にお父さん、お母さんのおみ足に額をくっつけます。それは、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんは神様という意味で、そのようにするのです。

それほど親を尊敬しているということです。しかし今、日本では、親を尊敬しない子供が多いと思います。それは、親が子供に道徳と命の大切さを教えていないからです。

命を知らない人を「命知らず」と言います。命がどんなに尊い存在かということを、親が子供に教えないといけません。人間は命という存在をまず学び出してから、無限なる存在のことが分かるようになります。

このグループは衣川(大先生)のグループではありません。四十八歳の二月にインドへ初めて行かせて頂きました。四十九歳の一月に、インドの愛する偉大なる御方から御部屋に呼んで頂きました。その時に、「このグループは私の特別なグループである」と言われました。その御方はインドでは最高の存在と言われています。人間に真理を御教えするために、偉大なる存在が人間の肉体に直接入ったと言われています。

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